メトセラの子ら 〜ステンレスアーマチュア開発秘伝〜

達人のアーマチュアを模倣せよ!

某年某月、人形アニメーションの巨匠邸。私の目の前には、日本最高の人形関節師が作ったアーマチュアが置かれていました。
アーマチュアの関節部分は銀色に光っていました。ボールもソケットプレートも、同じ銀色です。
業界のアーマチュアには、ボールに鋼球、ソケットプレートにリン青銅板が使われている・・・というくらいの認識は、当時の私にもありました。
しかし、リン青銅は茶色いはずです。

(すごい。最先端ではもう、すべてがステンレス材料に変っているのか!)

これは、大誤解でした。以後、私はこの大誤解をもとに突っ走ることになります。

 「これと同じものを作ってみてください」

巨匠はおっしゃいました。
自分が使い慣れた材料は真鍮であること、リン青銅はともかく、この材料は使ったことが無いことを訴えると、巨匠はこう付け加えました。

 「同じ機能を果たすものなら、どんな材料を使ってもよろしい」

期限は3週間で2体・・・というのを2週間で1体に負けていただきました。与えられた課題(関節配置図)は、巨匠の最新映画の主人公です。

幻の第一作

幻の第一作、のちの「川村零号」 第一作の関節材料はハイブリッドになりました。私なりに材料を変えて、いろいろ試したためです。

 パターン@: ボール、ソケットプレートともにステンレス。腰、足首など。

 パターンA: ボールはステンレス、ソケットプレートは真鍮。脚の付け根など。

 パターンB: ボール、ソケットプレートともに真鍮。その他の部分。

@は、大誤解をしたまま、達人の関節を猿真似したもの。
@Aについては、ボールとソケットプレートの相性が万全ではありませんでした。動きが不連続になりやすいのです。使う部位が少なかったのは、不良率が高かったためです。
巨匠からは、シャフトの形状等について難ありといわれたものの、とりあえず合格点をいただきました。そして、正式に10体を受注しました。
持参した第一作は、ご指摘いただいた部分を直します、とお断りして回収しました。

材料の謎

といいつつ、第一作を改修するつもりはありませんでした。この機会に、達人の関節に近いイミテーションを作り、スキルアップしようと決めました。すべてをリセットして、最初の1体めからを作り直して納品するのです。
問題はステンレス材料でした。通常、ステンレスの平角棒はコールドタイプといって、硬度が高いものが市販されています。
ボールジョイントに使う材料の硬度は、

 ボール ≧ ソケットプレート

でなければなりません(例外あり)。しかしソケットプレートにコールドタイプの平角棒を使うと、

 ボール ≦ ソケットプレート

となってしまいます。組み合わせがたまたま

 ボール = ソケットプレート

となったときを除き、ソケットプレートの穴べりが、ボール表面にキズをつけてしまいます。キズは、関節の動きを不連続にします。
コールドタイプよりも柔らかいホットタイプを使えばいいのですが、これは入手しづらいうえに、必要なサイズがありません。
しかし、現に達人の関節はスムースに動いています。何か、私の知らない秘密があるにちがいないのです。

秘密解明?

金属材料に詳しい知人に相談しました。知人は、磁石をあててみろといいました。磁性の有無が、材料解明の手がかりになるとのこと。半信半疑で達人の関節に磁石をあてると・・・。おおっ! ボールには磁性があるけど、ソケットプレートにはないではありませんか。
磁性のあるほうがマルテンサイト系ステンレス、磁性の無いほうがオーステナイト系ステンレスと思われました。調べてみると、確かにマルテンサイト系はオーステナイト系よりも硬度が高いことがわかりました。マルテンサイト系をボールに、オーステナイト系をソケットプレートに使えば、公式どおりの関節が作れるはずです。
達人も、きっとそうやっているのでしょう。(と、さらに誤解は拡大・・・)

マルテンサイトを焼きなませ

マルテンサイト球は一般には売られていません。ネットをあたると、分けてくれる業者がありました。 マルテンサイト球に「焼きなまし」をおこない、穴をあけました。
焼きなましとは、熱処理によって、金属の硬度を下げる方法です。通常の関節に使われている鋼球も、マルテンサイト球も、焼きなますことで初めて穴が開けられるようになります。
当時の私の焼きなまし方法は、鋼球用としてはひとつ欠けている要素がありました。しかしマルテンサイト球では、その要素がたまたま不要でした。それは、何も知らないゆえにできた綱渡りでした。今思うと、冷や汗ものです。

川村一号誕生

無事納品した第二作は、巨匠より「川村一号」という呼称をを拝命しました。
私は自分の中で、第三作以降にも「川村号」の呼称をつけ続けました。そして第十一作の「川村十号」までを、五月雨式に(間欠的に)納品し続けました。
のちに解釈を拡大し、「その時点での自分のベスト関節」を川村○号と呼ぶこととしました。また、さかのぼって、幻の第一作を「川村零号」と命名しました。
納品した「川村一号〜十号」は、レプリカ人形や、劇中の端役の人形に使われました。また、海外の某巨匠が特別参加された「友情アニメーション」では、使われた主人公の人形に、拙作のアーマチュアが内臓されていたとのことです。

真相はかうだ!

納品してから半年後。私は某VFX制作会社の工房で、先輩関節師様から教えを受けていました。
そこにも、関節の達人の流れをくむアーマチュアがありました。関節の色はもちろん、”最前線”を示す全銀色です。

「ステンレスでつくるのは大変でした」

私の言葉に先輩関節師様は、怪訝な顔をされました。

「だってこの色はステンレスです」

なお言う私に、先輩関節師様は、薬品と機材を取り出して見せてくれました。それは、金属にめっきをおこなうためのシステム一式でした。

真相はこうです。達人のアーマチュアのソケットプレートの銀色は、ステンレスの色などではなく、リン青銅板に施した、めっきの色でした。ボールも、ステンレス球ではなく従来の鋼球でした。
私は、最初に持った大誤解を保ち続けた結果、自分でも気づかぬうちに、、ステンレスのボールジョイントアーマチュアを「模倣」ならぬ「開発」していたです。

メトセラの子ら

3つの偶然が重なりました。

●ボールに使われる鋼球には磁性があり、ソケットプレートに使われるリン青銅板には磁性がありませんでした。同じ関係がたまたま、マルテンサイト径ステンレス球と、オーステナイト系ステンレス板の間にありました。

●鋼球とリン青銅ソケットプレートの間の硬度の関係

 ボール > ソケットプレート

が、たまたま、マルテンサイト系ステンレス球と、オーステナイト系ステンレスのソケットプレートの間にもありました。

●当時の私の焼きなまし方法は鋼球用としては不完全だったのに、マルテンサイト球には、たまたま有効でした。

もとはといえば、達人の関節の銀色を、ステンレス色と大誤解したことが出発点でした。周りに、その誤解を解いてくれる人がいなかったことも、偶然のひとつに加えていいかもしれません。

「メトセラの子ら」は、著名な作家ロバート・A・ハインラインが書いた長編SFです。作中、ある現象を「これは科学的に達成した技術にちがいない」と誤解した人類が、長年の研究の末、まったく同じ効能をもたらす技術を、独自に開発してしまうというくだりがあります。

「『メトセラの子ら』を地でいってしまいましたよ」

私は、そう言うことにしています。

(2016.10.21 修正)